2022年4月26日10:39 東京都 OY様

 宮司式MEMSカートリッジ / AR Sound何の前触れもなく現れた MEMS cartridge…Vinylのグルーヴをなぞるスタイラス/カンチレバーの振動を左右の音導管に導いて、その音圧をコンデンサー型のMEMSマイクで捉えるという、他に例を見ないカートリッジを試聴する機会に与った。

まだオーディオ誌における評論や試聴記も皆無であるという絶好のタイミング。先入観が形成される余地が無い中での自宅試聴に胸が躍らない訳が無い。

 Graham Engineering phantom Ⅱ の10インチアームワンドを慎重に交換し、オーバーハング等の一連の調整を経てSpectral DMC-30sのライン入力を通じてMAGICO MINI から発せたれたサウンドに意識を集中する。

一聴して分かるのは、極めてフラットな帯域バランス。無論、これまで私なりに追い込んできたアナログディスク再生が前提にあり、そして現代のデジタルディスク再生に馴染んだ耳には、解像度が高い、というファーストインプレッションに直接繋がる訳ではない。

しかし、このフラットな帯域バランスやエネルギーバランスは、そう簡単に得られるものでは無い事も確かな事実だ。

先入観無く対峙したMEMS cartridge は、マイクで拾い上げる方式である以上、必然的にノイズをも拾い易いのではといったイメージとは対極にあり、サーフェスノイズの質やレベルに予想以上の変化を齎している。MEMS型の原理との相関性については未だ正確な確証が無いものの、静電気やスクラッチノイズ等も目立ち難いという効果も確認された。

私のアナログディスク再生の系の中で奏でられたMEMS cartridge は、極めてフラットな帯域バランスとエネルギーバランス、そして楽器の定位感に優位性を見出だせる。ピアノの深い響きやエレキギターのサスティーンの伸びやかな美音、ベースの音色感/色彩感が素晴らしい。サウンドが塊感を伴って眼前に飛んでくるのではなく、弦の張りや撓み、揺らぎながら減衰していく倍音が、音楽の持つエネルギーと響きの美しさを上手く両立させている。

私は所謂アナログライクな、チューブアンプのサウンドにも例えられるような、アンバーな音色感、中域を重視した帯域バランス、彫りの深さなどは求めていない。でなければ、アナログディスク再生の系の中に、Spectral や Wilson Audio などを据えはしない。MEMS cartridge を新たに系の中に組み入れたサウンドは、ここ数ヶ月、SYSTEM7に替わってMAGICO MINI を系の最後に据えて取り組んできた意味と成果を再認識させてくれた。

処女作故に、改良の余地は多分にあると思えるが、とても可能性を秘めた方式であろう。

正直に告白すれば、個人的にはアナログディスク再生において、ターンテーブルよりもフォノイコライザーの選択に拘る私にとって、DS Audioの光電式カートリッジの有用性を認めながらも、終ぞ導入には至っていない。純正や寧ろデジタル再生に秀でるマイトナー作の専用イコライザーには魅力を感じない。極めて微小なシグナルを扱うフォノイコライザーこそ、エンジニアの理念や哲学、着想が問われるエクイップメントだと考える私にとって、DS Audioはそこがネックとなったのだ。

このMEMS cartridge にも専用ヘッドアンプとの組み合わせが前提となるため、現有のアナログディスク再生のエクイップメントに取って換わるものとなることは容易ではないだろう。

しかし、このサウンドの実在感や音質的なメリット、そしてヘッドアンプ込みで55万円というプライスは現有機器とは別の系を組む上でのオルタナティブと成り得るものだ。これからアナログディスク再生を始める方がユースドであってもフォノイコライザーとカートリッジの双方を揃えて、55万円でMEMS cartridgeと同等のレベルを実現するのは困難であろう。とりわけ、現在もノスタルジーに浸ることなく、真摯にアナログディスク再生を追求するオーディオファイル必聴のモデルだと云えよう。

但し、その可能性を開くと信じて、些かの付言をさせて頂くなら、コンデンサー型マイクとの確実な接続に欠かせないリード線の識別カラーは本体側に必須であろう。また、ヘッドアンプに電源供給するアダプターはスマホのそれと外観上変わらず、チープでオーディオエクイップメントとしての佇まいとは程遠い。

デザインにも再考の余地が少なくないと思う。MEMS型という新規性を無闇に強調する必要は無いが、材質等の吟味はされているとはいえ、デザインの魅力が乏しい。もし海外展開、例えば、既に日本よりもホットなマーケットである香港などへの展開を想定した場合、光悦のような日本刀や茶道の文化、精神性を感じさせるようなデザインにしたり、Lyraのように日本を感じさせないユニバーサルな洗練さを追求したり、といったデザイン上の工夫が見られないと、製品の魅力に適う訴求力が実現できないだろう。シェルの腹の部分に金文字で漢字を一文字入れたデザインは、若い世代やYG Acoustics, MAGICO, Wilson Audio, Avalon Acousticsといった現代の先端を行くloudspeakerユーザーには些か中途半端に映ることだろう。個人的には、浜松というバックグラウンドを明確に表出できる場合以外、ウッドシェルで既に著名やBENZ MICRO やANALOG RELAXとは競合しないような、ピアノ塗装のウッドシェルやメタルシェルでの展開を期待したい。

とはいえ、MEMS cartridge で奏でたNOBU’s Popular SelectionのTOTO/Rosannaは、私のこれまでの同楽曲でのアナログディスク再生におけるベストであったことを申し添えたい。(アナログディスク再生のエクイップメントやシステム構成、ジャンル等による相性はあれど)少なくとも、私のアナログディスク再生の系の中で試聴した何枚かのVinylは、その秀でる帯域バランスやエネルギーバランスによって、日本盤プレスのディスクが、見識のあるエンジニアによって制作された高音質リマスター盤かと聴き紛うような素晴らしいバランスであった…

此の場を借りて、自宅試聴の機会を与えて頂いたAR Sound 澤田氏に御礼を申し上げたい。宮司氏と澤田氏のパートナーシップによるアナログディスク再生への飽くなき追求とその柔軟な着想によって製品化が実現したMEMS cartridge は、ハイレゾ時代のアナログディスク再生に確実に一石を投じるものとなろう。更なる改良と同方式の普及、グローバルマーケットで好評を博す日が来ることを願わずにはいられない…

残された数日、毎夜、アナログディスク再生の更なる高みに挑むこととしよう。

MEMS cartridge とともに…

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