長野県 SK様

今だから言えるが、実は今回のモニターに応募した動機は不純なものだった。

 確かに、この画期的かつ温故知新とも呼べるカートリッジへの純粋な興味はあった。だが、ただならぬ絶賛の嵐を耳にして、     あるひとつのことをどうしても知りたくなった。

「この宮地式カートリッジとやらは、我が家の絶対エース、DS AUDIO DS E1より音がいいのか?」

 応募フォームに当たり障りのない言葉を連ねて、待つこと数週間。モニターに選ばれたことには感謝しかない。届いたカートリッジは、上質な本革調のケースに鎮座し、まさにもの作りの矜持を感じさせる、見事な品だ。

 音を出した最初の印象こそ「静かだな」だったが、「ドン!」と曲が始まり、いい意味で予感を裏切られた。フルボリュームでも、ほぼノイズは皆無、うたい文句通りの高S/N比なので、ノイズが聞こえないからとボリュームを上げると、いきなり爆音が出て面食らうことになる(なった)。

 エネルギッシュかつ正確。ヴェールを1枚も2枚も剥ぎ取る見通しの良い音でありながら、理屈を超えた快楽性があり、聴きなれた曲が生まれ変わったように躍動する。評判の良さを実感するばかりだ。

 さて、ここからが本題。DS AUDIOの光電カートリッジ、海外の権威あるオーディオ専門誌が世界一と認めたカートリッジ(のエントリーモデル)との、直接の比較だ。

 まず最初に断っておきたいが、この比較はハイレベルな対決において重箱の隅をつつく行為である。2台のF1マシンを並べて、「こっちはアンダーステアが少しきついけど、あっちはタイヤのコンパウンドが…」などと論じるようなものだ。しかも、筆者は古舘伊知郎ですらない。

 興奮を抑えつつ、ダブルアームに両者を取り付け、同じレコードを同時に再生して比較を始めたが、出力レベルが3dbほど違うのと、プリが古いためリモコンでセレクターを操作できないことから、どうにも比較がやりにくい。

 そこで、再生した音をデジタルレコーダーでMP4に変換し、これをヘッドホンで聴いて比較する方法に切り替えた。AD変換でアナログの真価は部分的に失われるが、比較方法としては正解だった。

 最初に気がついた違いは、ノーマライズでラウドネスを揃えても、宮地式の方が0.2~0.5db大きく聴こえること。そう感じるのは、ボーカルが前に出てくるからだ。

 数曲をしつこく聴き比べて分かったのは、・宮地式:音がウォーム。中域がボリューミー。高域はかなり上まで伸びる(AD変換で23kHzより上がカットされるため、どこまで伸びるかは不明)。低域の表現はやや弱い。・DS E1: 音がクール。フラット・バランス。低域がタイトで高速。ブーミーではなく、ソリッドな力がある。

 宮地式はトランジェントが悪い(音の立ち上がり、立ち下がりが甘くなる)と予想したが、そんなことはなく、E1と互角。中域、特にボーカルの表現に優れる。リバーブのかかり具合が立体的で、エコーチャンバーの広さが分かるような気がするほど。E1はそこまでの分解能はない。

 一方、E1のシンバルの音には細かな粒子感があるが、宮地式はその粒が不揃いに聴こえる。最大の違いはやはり低域にあり、E1のバスドラの音がヘッドの材質まで分かりそうな緻密さを持つのに対し、宮地式はドシンと床を鳴らすだけに聴こえる。低域の分解能に欠ける。フラット・バランスのE1と比べ、中域が勝る宮司式は交響楽が苦手だろうと予想したが、実際に聴いてみると、むしろリッチな中域が主題を明瞭にする方向に働き、強い説得力がある。

 チャンネルセパレーションは互角。恐らく、レコード再生のセパレーションはこの辺りが限界に近いのではないだろうか。

 S/N比は、宮地式が3db以上(6db?)優れている(E1も相当な高S/N比である)が、不思議なことに、針を下した瞬間それが逆転する。宮地式は明らかにサーフェイスノイズが大きい。この差は何に由来するのだろうか? カンチレバーの材質(E1はアルミ、宮地式はボロン)、ダンパーの構造 (宮地式のダンパーは初めて見る形状で、カンチレバーが大量の接着剤に埋まっているように見えるが、その一部に弾力性があって、ダンパーの役目を果たしている)、またはMEMSマイクの特性、あるいはこのすべてかもしれない。

 ニードルトークを大きくするためのトレードオフとしてのサーフェイスノイズであれば、改善の余地があるだろう。出力電圧は250mVもあるが、ダンパーを柔らかくして (音導管を短くして?) これを150mVに下げるとサーフェイスノイズも減るのではないか (当然テスト済みと思うが…)。

 改善と言えば、ヘッドアンプに24Vを供給するDCアダプターがあまりに小さくて心もとない (スマホ用?)。宮地式の実態はコンデンサーマイクだから、ファンタム電源の品質は音に甚大な影響を与えるはず。多種のアダプターを試した末に採用したのだろうか?

 最後に、Shureのテストレコードでトラッカビリティをテストした。結果に驚いた。宮地式は「Bass Drum」テストのレベル3で歪み、5をまともに再生できなかった。やはり、低域に弱点がある(E1は余裕でクリア)。

 ところが、いざレコードを再生すると、そんな弱点はみじんも感じさせないのだ。まるで魔法だ。ぞっとするほどの生々しさ、強靭なグルーヴ、強烈なアタック、豊かな倍音。脳内麻薬が止まらないのである。…この音は聴いたことがある。光悦だ。

 宮地式MEMSカートリッジは「令和の光悦」。そう結論して、このレポートを締めくくりたい。

※レポート内容については、モニターを行った方の原文のまま掲載しております。